当ウエブサイト「おすすめ!看護る雑誌ガイド」を運営・管理していますハンドルネーム丸々まー坊と申します。昭和37年生まれの男性会社員です。生まれは大阪府茨木市です。2020年9月現在は名古屋へ単身赴任しています。

 

看護・ナース領域の雑誌を詳しく解説しているサイトがなかなか見当たらないため、看護師・ナースの皆様の少しでもお役に立てればと考えて当ウエブサイトを運営・管理しております。

 

”なぜ「看護・ナース」領域の雑誌かといいますと、私は幼少の頃からケガや病気の経験が残念ながら多く、その都度医療関係者、特に看護師(当時は看護婦と呼ばれていましたね)の方々に大変お世話になりましたので、その看護師の方々の少しでもお役に立てればとの想いからです。

 

 

幼少の頃から2020年9月現在までのケガや病気の経歴を振り返ってみますと、大けがや比較的大きな病気をたくさん患っています。

子ども達の遠足のイラストです。お弁当を広げ楽しそうに食べています。

3,4歳ころまでの幼少の頃の記憶はないのですが、記憶に残っている最初のケガは、小学2,3年生の頃だったと思います。小学校のグラウンドで友達数人とソフトボールをしており、友達が振ったバットが手からすり抜け、近くにいた私の顔面に当たりました。このときは、下の中央付近の数本の歯がわずかに欠けたのですが、病院や歯科医院に行った記憶はなく、自然治癒にまかせていたと記憶しています。欠けた歯今でもそのままです。それが原因かどうかは不明ですが、今でも冷たいものを食べたりすると、微妙にしみる感覚があり、視覚過敏状態です。

手術後の子供のイラストです。酸素瓶やモニターを装着しています。

次のケガは頭蓋骨にヒビが入るという大ケガでした。小学4年生から5年生になる間の春休みの出来事でした。自転車ごと橋から落下し、おそらく河床の石で頭を打ち、頭蓋骨にヒビが入ったとのだと思います。その時は駄菓子屋に立ち寄った友達を待つために、自転車に乗ったままで橋の上で立ち止まろうとして、足を踏み外し橋上から川へ落下してしまいました。駄菓子屋さんのおばさんに車で近くの病院へ運んでいただいたのですが、病院に到着するまでの途中の断片的な記憶と、病院でレントゲンを撮るときの記憶がわずかにあるだけです。痛みはなく、頭がぼぉーっとする感覚でした。手術はせずに点滴の毎日で、40日くらい入院していました。ケガが回復するにつれ徐々に元気になり、毎日マンガを描いていたと思います。当時はタイガーマスクが流行っており、毎日タイガーマスクを描いていたように思います。

子供の怪我・松葉杖をついた男の子のイラスト

3つめのケガは鎖骨の骨折です。これも自転車絡みのケガです。中学2,3年生の時のことです。雪道を自転車で走っているときに、下水マンホールの鉄蓋の上を通り過ぎようとした途端、ツルんと滑り足を出す間もなく転倒し、肩を路面に打ち付けられ鎖骨を骨折してしまいました。このときは胸部と背中を合わせて石膏で固定した状態が半月か1ヵ月ほど続きました。寝起きしたりなど肩に力を入れると激痛がはしり、日常生活にもいろいろと支障がありました。石膏を外してからは自然治癒に任せていました。

 

大きなけがは以上の3つですが、小学生のときの図工授業の時間に彫刻刀で指を切ったりと、細々としたケガはいくつかしました。

内視鏡検査のイラストです。上部消化管を調べるために口から胃カメラを挿入しています。

大人になってからはケガをすることはありませんでしたが、今度は病気に見舞われることになります。最初の病気は就職してから間もない25歳くらいの時だったと思います。十二指腸潰瘍になってしまいました。みぞおち辺りの痛みがしばらく続いたので”おかしい”と思い病院にいったところ、胃カメラの検査予約をして帰宅することとなりました。日を改めて胃カメラの検査を受けたところ十二指腸潰瘍との診断でした。うどんの太麺くらいの管を飲み込むときに嘔吐しそうでつらかったのと、カメラを飲む前に30分くらい麻酔液を喉元に溜めたままの状態でいなければならないのが大変だった記憶があります。

 

十二指腸潰瘍はその後何度か再発し、あるとき医師から”再発を繰り返すと手術しなければならなくなる可能性もある”と言われ、とても心配になったことを今でも思い出します。十二指腸潰瘍を最後に診療したのは2015年頃です。名古屋に赴任してからのことで、家の近くのクリニックで診察を受け、鼻腔からの胃カメラによる検査を受けました。胃カメラのときの記憶がよみがえりましたが、口腔からのカメラ挿入と比べるととても楽で苦痛は一切感じませんでした。原因は”ピロリ菌かも知れない”とのことで、ピロリ菌を殺す薬を1週間分ほど処方していただき、1週間後に再度胃カメラ検査を受けた結果、ピロリ菌はなくなったとのことでした。その後はみぞおちあたりの痛みが再発すること全くなく、20歳代のころに考えていたストレスが原因ではなくピロリ菌が原因だったのかなと思う次第です。

手術室看護師と患者さん自身が、手術室の前で本人確認をしているイラストです。

2つ目の病気は胆のう炎です。痛みの種類は十二指腸潰瘍と同じように締め付けられるイメージでしたが、部位がみぞおちあたりではなく胸部でした。我慢できる程度の痛みが時々ありましたが、ある日会社で仕事をしている最中にいよいよ我慢できなくなり仕事も手に付かなくなったので、一旦帰宅することにしようと地下鉄に乗ったのですが、途中で我慢の限界に達し、途中下車をして駅員室に駆け込み救急車を呼んでいただきました。最寄りの病院で応急処置をしていただき、とりあえず痛みは治まり、一泊した翌日には帰宅しました。

 

その後、根本的に治療するために家の最寄りの病院へ行き、診察を受けたところ手術が必要とのことでした。手術は初体験だったので不安でいっぱいでした。全身麻酔で腹腔鏡による手術を受けましたが、麻酔が切れてからは痛み止めの注射を可能な限りしていただいたりしましたが、このような痛みによる苦痛は人生で初めてで、2度と手術はしたくないと思いました。やはり健康第一ですね。炎症を起こした胆のうは摘出されたので、その後は再発することはありませんでした。入院は検査入院と手術のための入院を合わせて10日程度だったと記憶しています。入院生活はどうしても退屈になってしまいますね。

患者さんの摘便を行う看護師のイラストです。

3つ目の病気は痔ろうです。ある日突然お尻に大きな血豆ができ、その大きさが異常だったことと、血豆を自分で潰したのですがかなりの出血があったため、名古屋で痔の治療で知名度の高い病院へ診療に行き、痔ろうとの診断で手術をすることになりました。まさか痔とは思ってもおらず、手術をしなければ治らない痔ろうとは考えも寄りませんでした。手術は局部麻酔で1時間も要さずに終わりました。術後の痛みも胆のう炎のときのような激しい痛みはなく、若干の痛みはあったものの少しの我慢で辛抱できる程度のもので、その痛みは手術当日のうちに治まりました。術後1週間程度で退院しましたが、ここでも退屈な入院生活を送っていました。

 

当ウエブサイトをご覧いただいている看護師・ナースあるいは看護学生の皆様には不要な私のケガ歴・病歴を長々と書いてしまい失礼しました。

 

大きなケガや病気は以上のとおりですが、その時々に医療関係者の方々には大変お世話になりました。特に患者と近い距離にいらっしゃる看護師の皆様には特にお世話になりました。お仕事とはいえ、なかなか大変な業務で私にはできないとその都度思っていました。女性・男性の区別ではなく、父性よりも母性が優越していないと就けない職業ではないでしょうか。

 

改めて、看護師をはじめとした医療関係者の方々のおかげで現在の自分があるのだと感謝する次第です。本当にありがとうございました。

複数の看護師がナースステーションで楽しそうに働いているイラストです。

当ウエブサイト「おすすめ!看護る雑誌ガイド」が看護師・ナースの皆様の少しでもお役に立てれば幸いです。

 

2020年9月13日(日)

当サイト管理人 ハンドルネーム 丸々まー坊